シンポジウム
「新たな大気汚染公害被害者救済制度をめざして」
〔前編〕

シンポジウム「新たな大気汚染公害被害者救済制度をめざして」が3月29日、ホテルはあといん乃木坂(東京・港区)で開催され、約150人が参加しました。主催は、日本環境会議・大気汚染被害者救済制度検討会と、全国公害弁護団連絡会議です。






日本環境会議設立の背景に、大気汚染公害あり

日本環境会議理事長であり、同会議内に設置された大気汚染被害者救済制度検討会座長である淡路剛久早稲田大学教授が、挨拶・趣旨説明で、「日本環境会議は1979年に設立され、今年で30年目になります。設立の背景には、大気汚染公害対策の後退に対する危機意識があったといっても過言ではありません」と話しました。新たな大気汚染公害の救済制度について、2007年11月から環境会議内に検討会とワーキンググループを設けて議論を行ってきた成果を、去年9月に開催された第26回日本環境会議水島大会で報告していますが、今回のシンポジウムで意見交換を行い、11月に開催する第27回日本環境会議尼崎大会で、正式な提案としたいと話しました。

写真:日本環境会議理事長 淡路剛久教授


5年後の東京都の救済制度見直しは、国の動向と連動

東京大気汚染公害裁判弁護団事務局長の原希世巳弁護士からは、東京大気裁判で勝ち取った、東京都のぜん息医療費救済制度について説明がありました。(救済制度の正式名称は、「大気汚染に係る健康障害者に対する医療費の助成に関する条例」)
最初に、本救済制度が大気汚染公害の被害者を対象としていることが、条例の第1条で明確に記されている点について、大きな意義があると語りました。また、東京都が1972年に公健法に先立ってつくった条例では、気管支喘息患者は18歳未満が対象という年齢制限を設けていましたが、これを全年齢に広げた点も評価できると述べました。
大気汚染公害の原因者に、財源を按分して負担させたことも重要だと指摘しました。救済財源は、患者数が推定で7万7−8千人とし(ぜんそく患者の6割が申請すると過程して出された人数)、5年間で200億円が必要だと見込み、被告である国、都、自動車メーカー7社、首都高速会社がこれを按分しています。

写真:東京大気汚染公害裁判弁護団事務局長の原希世巳弁護士


また、附則には5年後の見直しが定められています。「制度廃止を前提にした見直しなのか東京都に聞いてみたところ、申請者や大気汚染の状況、国の大気汚染公害に対する動向をふまえて制度を見直すという答弁がありました」と紹介。シンポジウムの最大のテーマでもある国の大気汚染公害に対する救済制度の行方は、東京都の制度と連動した課題になっていると指摘しました。東京都は、国が責任をもって大気汚染公害対策を行うべきだと考えており、この点については、原氏も同意見だとし、「国が救済制度をつくることを第一目標とし、東京都に対しても、救済制度を求めていきたい」と述べました。

救済制度の告知については、「駅前や病院の前で、救済制度について書いたチラシ配りをすると、救済制度について知らなかった人がかなりいることが分かります。30年間ぜんそくを患っている人や、家族にぜんそく患者がいる人たちが、自分たちも救済の対象かどうか聞いてきます。東京都には、オリンピックなみに告知するよう求めていますが、まだまだ告知は不十分です」と報告しました。

救済制度を利用する患者が、予想を下回る1−2万人程度でしかなかった場合、5年後の制度見直しの際、「患者切り捨ての口実になる危機感がある」と指摘しました。仮に、当初の予測通り、200億円の予算を使い切ったとしても、再度、国やメーカーに財源を按分してもらうためには、制度の周知徹底だけでなく、患者会会員の拡大が重要だと述べました。


医療費の苦痛から解放され、病状も改善

患者代表として、東京大気汚染公害裁判原告団事務局長の石井牧子さんは、救済制度によって、医療費の苦痛から開放され、通院の苦痛が軽減されたと語りました。「これまでは、医療費をなるべく安く抑えるため、薬を減らしていましたが、今では、いい薬があれば試することができ、実際、病状がよくなっています」 (石井氏)

医療費が助成されて心に余裕が生まれると、これまで考えることのなかった領域にまで思いが広がったといいます。「これまでは自分のことだけで精いっぱいでしたが、救済対象とならない埼玉や千葉の患者のことや、公害や大気汚染をなくすといった根本的な問題解決の重要性にまで関心が及ぶようになったのです。」

患者会は今後、大気汚染の撲滅にむけて活動を行っていきます。「救済制度は非常にありがたい。だからこそ、5年後の見直しで、制度がなくなることは絶対に避けたい。新しく患者会に入ってきた方々とともに、国の不十分な大気汚染公害への対応を訴えつつ、全国にいる未だ救済されていない人のためにも運動を広げてきたい」と話しました。

写真:東京大気汚染公害裁判原告団事務局長の石川牧子さん



国の救済制度は、「医療費救済制度」と「被害補償制度」の2本柱で

日本環境会議理事であり、大気汚染被害者救済検討会・提言作成ワーキンググループ座長である吉村良一立命館大学教授は、国が制定すべき、新たな救済制度の基本的な考え方を発表しました。
新救済制度は、被害者の医療費負担を軽減する「医療費救済制度」と、道路沿道の損害賠償を認めた判決を踏まえ、生じた被害を補償する「被害補償制度」の2本柱で構成されます。国の公害被害者救済措置として位置づけ、費用負担については、公害被害に「責任ある関与をしたもの」が費用負担をするべきとし、また、医療費救済制度については、社会保障的な性格をもちあわせたものになっています。


写真:日本環境会議理事の吉村良一教授
医療費救済制度については、対象となる地域を、自動車が集中集積する地域で、地域指定解除が行われた88年以降、大気汚染物質が環境基準を著しく(もしくは相当程度)上回る測定局のある行政区と考えています。「自動車が集中集積する地域」とした理由については、「こうした地域では、国や自治体は、交通規制などが集積を緩和したり、集積しても被害が発生しないような単体規制をする責任があります。 また、自動車メーカーには、低公害車を製造・販売する責任があると考え、対象地域としました」と説明。被害補償制度の指定地域については、これまでの判決の達成点を踏まえ、12時間において、自動車交通、あるいは大型車混入率が一定規模以上の幹線道路の沿道地域としています。
今後は、指定地域の考え方だけでなく、費用負担の按分割合や、燃料供給者や自動車ユーザーの責任の位置づけについても検討していくと述べました。

自動車メーカーを含む「責任ある関与主体」が費用負担を

費用負担の財源について、除本理史東京経済大学教授が説明しました。「救済制度に必要な年間120億円の財政規模について、財源の出所を合わせて提案することで説得力をもつ」とし、費用負担するべき、被害を生じさせた「責任ある関与主体」について説明しました。

「主体が誰であるのかは、簡単な話ではない」と前置きし、国(道路設置管理者、単体規制権限者)、自治体(道路設置管理者、交通規制権限者)、高速道路会社(道路管理者)、自動車メーカーと燃料メーカーなどだが「責任ある関与主体」として考えられると話しました。例えば、自動車一台の走行距離当たりの排ガス排出量は、自動車の性能によって異なります。排出量のコントロールが可能な立場にあるのは、自動車メーカーであり、また、排出量を規制する単体規制権限者です。道路渋滞などの道路状況によって排出量が変動することから、公安委員会や、道路設置管理者も、排ガス汚染については関係する主体として考えられると述べました。ただし、それぞれの責任ある関与の範囲は等分ではなく違いがあることも指摘しました。
「とりわけ自動車メーカーは、国が提示する単体規制の内容について、規制緩和や、開始時期延期などのロビー活動を行い、規制内容に影響を与えてきました。自動車メーカーが単体規制に及ぼす影響は大きい」(除本氏)

写真:日本環境会議の除本理史教授


医療費救済制度については、社会保障的性格があることから公的な負担を加え、その財源として、自動車ユーザーが支払う税を一部充当することが考えられると述べました。2008年度の道路特定財源は5兆円以上あり、100億円程度の水準であれば充当できるとし、「ただし、現在の道路特定財源においては、環境負荷の大きな自動車に、より多くの税をかけるような制度になっていないので、改革の必要はある」と指摘しました。

新たな大気汚染公害被害者救済制度をめざして」〔後編〕に続く
『環境と公害』38巻3号 特集1「いまだ続く大気汚染被害の救済を」目次を参照する

 
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