▼報告4:三宅博之(北九州市立大学教授)
「バングラデシュ―激化する環境問題とNGOの成長」 |
第U部の各国・地域のうちバングラデシュを担当しました。
執筆にあたりバングラデシュの日本語の文献があまりにも少ない実情から、できるだけ論文調でなく、一般向けにバングラデシュの概況と環境関係の概況を知っていただきたいという点に留意し問題を取り上げたとご理解いただきたいと思います。
まず、バングラデシュの地理ですが、インド亜大陸のベンガル湾沿いに形成されたデルタ地帯で、ヒマラヤ山脈に水源を持つガンジス川(ベンガル語でパドマ川)・ブラマプトラ川(同ジャムナ川)・メグナ川およびその支流がデルタ地帯をつくっています。沼沢地とジャングルの多い低地であり、ジャングルはベンガルトラの生息地として知られています。雨季になるとかなりの地域が洪水で冠水するというところです。しかしながら、人々はいわゆる生活の知恵を働かせ、50年とか100年に1度の大規模な洪水は別として、日常的な洪水についてはクリアーしているというのが一般事情です。
写真:バングラデシュは中間層をどう取り込むかがカギという三宅博之さん
さて、バングラデシュにおける主な環境問題にスポットを当てますと、他のアジア各国とはほとんど同じですが、洪水・サイクロンなどの自然災害、典型的な都市公害、天然ヒ素の融解による地下水のヒ素汚染、マングローブ林の伐採などによる森林破壊、ベンガルトラなど生物多様性の危機など山積しています。
しかしながら、こういう状況に対して、じょじょながら環境行政が実行されていることも事実です。ただし、機能上の未熟さは否めません。90年代になって環境関係の法令数は増加したものの、体系だっていません。そして、行政機構も未整備です。環境省および地方の末端レベルでの担当者不足は顕著で、おそらく地方では日本の10分の1ではないでしょうか。さらに予算不足も著しく、勢い国際協力に依存する傾向が強いわけです。
このような状況ですが、1つの特徴として、環境NGOの成長ということがあげられます。この、環境NGOが成長した背景には行政機構があまりにもだらしがないということの反面現象であるともいえます。その1つとして、日本などと違い、バングラデシュでは公務員になりたいという若い人たちがあまりにも少ないのです。このことは後段の人材の問題で触れます。
バングラデシュは1971年に東パキスタンから独立しましたが、独立以降、国内の復興や経済成長と同時に、社会開発などのためにBRAとかグラミン銀行などが設立され、それらが環境NGOの役割を果たしていることも他国にない特色です。BRAにしてもグラミンにしても20階建て級の大きなビルを所有しています。さらに、最近ではNGOが大学の経営、携帯電話事業に進出するなどの動きもみせています。しかしながら分野別にみると、90年代初めまでは環境NGOは少数でした。
写真:グラミン銀行の高層ビル
=03年9月、ダッカで。
それではなぜ環境NGOが増えてきたのかといいますと、増えてきたのは明らかにリオ・サミット以降のことです。その原因を考えると、予算を獲得しやすくなってきていることから、環境分野への国際協力の増加と中間層の環境意識の向上をあげることができましょう。とくに中間層については、アンケートをしましたが、我々と同じくらいに環境への知識を持っていることが分かりました。
また、日本と違って、経営・企画面が安定していることと、さきほど公務員のなり手が少ないと言いましたが、逆にNGOを選択し、専門分野での能力を発揮したいという傾向をあげることができます。
次に、バングラデシュにおける環境NGOの実例を3つご紹介しましょう。
BAPA(Bangladesh Poribesh Andolan)、バングラデシュ環境運動と訳しますが、2000年1月に開かれたバングラデシュ環境国際会議が発端になって設立されています。バングラデシュ工科大学(BUET)、バングラデシュ環境ネットワーク(BEN)などが中心団体になっており、国際会議での報告や成果を具体化するための実行部隊です。とくに、バングラデシュの大学教員・研究者の場合、NGOへコミットメントすることがステータスになっています。
もう1つはBELA(Bangladesh Environmental Lawyers Association)といい、若い法律関係を目指す人たちが参加している組織があります。設立の目的は、環境関係の政策・法令・伝統的な規範などを研究し、法体系を再編すること。政府・NGO・地域社会などに法的な支援を行う。救済策の希望者に支援するなどで、研究成果の発表、訴訟、政策提言、啓発などを活動の中心にしています。
3つ目は、Waste Concernです。家庭廃棄物(厨芥)のコンポスト化を目的に1995年に設立されましたが、バングラデシュでは非常に稀有な例です。ライオンズクラブ提供の空き地を活用していましたが、いまはマンションを建てるということで土地が使えなくなり、活動は中止に追い込まれてしまっています。
このように、バングラデシュでは環境NGOを中心にいくつかの動きが台頭していますが、直面する課題が多いのも事実です。主な点を列挙しますと、環境行政の整備を急ぐこと、環境NGOの活動に環境教育的側面を取り入れること。アクター間や同一アクター内での信頼関係の確立を図ることなどがあげられましょう。いずれにしても、中間層をどう取り入れていくかがカギといってよいでしょう。
写真:素足で資源廃棄物を集める男児
=05年12月、ダッカで。 【いずれも三宅博之さん撮影】 |
▼パネルディスカッション
「アジア環境協力機構(AECO)」設立のための戦略
モデレーター:寺西俊一(編集代表/JEC事務局長)
パネリスト :大島堅一(立命館大学助教授)
松本 悟(メコンウォッチ代表)
山下英俊(一橋大学講師)
岡崎時春(FoE Japan代表) |
休憩の後、寺西俊一さん(編集代表/JEC事務局長)がモデレーターを務め、「アジア環境協力機構(AECO)設立のための戦略」というテーマで4人のパネリストとともにパネルディスカッションに移りました。それぞれの発言のダイジェストは以下の通りです。
写真:左から寺西、大島、松本、山下、岡崎の各パネラー |
▼寺西俊一 (編集代表/JEC事務局長)
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●アジアにおける環境協力機構的な発想は、JECの90年代初頭からの取り組みに遡る。具体的には「アジア環境協力機構」の構築に向けた継続的なネットワークづくりと『アジア環境白書』シリーズの編集刊行の取り組みをあげることができる。
これは、宮本憲一先生が提唱されて91年11月にバンコクで開催された「第1回アジア・太平洋NGO環境会議(APNEC)」に端を発し、それを受けて94年11月に京都で開かれた第3回会議の宣言文の中で、JECが「『アジア環境白書』を責任をもって推進する」とされ、以来、10数年にわたって取り組んできている。
写真:「アジア環境協力機構」設立を改めて提起した寺西俊一さん
●単に情報を盛り込むということでなく、基本メッセージを発するべきだとの考え方から、『アジア環境白書』の第1弾では「地球環境保全はアジアから!」、第2巻では「21世紀アジアの環境協力を求めて」、第3巻では「アジアから地球環境「協治」の構築を目指して」という基本メッセージを発信し、今回、第4弾ではどのようなメッセージにするかということをきょうのシンポジウムで議論願いたい。議論を進めるために私自身の考え方、キーワードは「多面的・重層的なネットワークづくりへ」だ。『アジア環境白書』をさらに発展させていくためには必要不可欠な要素と考えるからだ。
●一方、最近の動向をウォッチしていると、日本の環境省所管のIGES(地球環境戦略研究機関)が第1回の『アジア環境報告書』を出し、そのスローガンで「持続可能なアジアに向けて」を掲げている。またワールドウォッチ研究所の『地球白書』の最新版では、その第1章で中国とインドを取り上げ、地球環境のすべてのカギを握る重要な超大国になりつつある、と位置づけている。とくに、今後の地球環境の未来を左右するのは新興超大国・中国の動向だとし、そこでは、中国に対する2つの「キョウイ」論―「驚異論」と「脅威論」―が展開されている。私は、そういう「キョウイ」論を超えて、同じアジアの共同体の一員として、しかも環境的地盤を共有している一員として、お互い同じ目線と同じレベルで共有していくネットワークの中で十分補完し合える関係づくりが必要だと考えている。
●その最終目的のところに「アジア環境協力機構」が見えてくるのではないか―ということをこの場で提起しておきたい。 |
▼大島堅一 (立命館大学助教授) |
●専門はエネルギー問題。一昨年から今年にかけて約1年半、ヨーロッパに留学した中で感じたことを申し上げたい。EU、とりわけイギリスで感じたことは環境問題に対する危機意識が強いこと。イギリスで気候変動問題が報道されない日はないくらいだ。もちろん政治的課題になっているし、国民一人ひとりが真剣・深刻に受け止めて、身近な問題として捉えていることがよく分かった。
写真:ヨーロッパでは環境への危機意識の強さを痛感したという大島堅一さん
●それはまた、被害が及ぶ範囲の大きさと、もはや時間がない。待ったなしで、いますぐ手を打たないと間に合わないという認識であり、先進国・ヨーロッパが引き起こした問題だという意識を強く感じた。したがって、具体的な手立ても再生可能なエネルギーに100%置換する基盤にいまから着手せよという考え方が強かった。
●これらを踏まえて、アジアの機構を考えるということで言えば、本当の意味のネットワークづくり、国によって事情が異なるので画一的でない個々のNGOを支援するような協力態勢が出来ないかと考えている。 |
▼松本 悟(メコンウォッチ代表) |
●日常的に東南アジアで活動している立場から申し上げたい。1つは、環境、環境と言われているが、「環境とは何か?」ということをもう一度考えた方がよいのではないか、ということだ。とくに「社会環境」という言葉がしばしば使われ始めたことで「環境」の垣根は大分広がっていると思う。
2つ目は環境問題は往々にして越境する性質をもっている。これについてもう少し整理が必要ではないか。3つ目は解決策の不在だ。非常に重要な問題だ。
写真:国際NGO活動の第一線からコメントする松本 悟さん
●現実的な問題として、「越境」ということがあるが、物理的越境と資金的越境がある。直接携わっているメコン川流域を例にあげれば上流域で行なわれている活動が下流域に様々な影響を与えている。中国、ベトナムなどで具体例が出ている。もう1つは資金面の影響で言えば、中国輸出入銀行が融資をしたプロジェクトに地域から反対運動が起こったり、タイ輸出入銀行がバーツ債券を発行し、その資金でダムを建設する計画では5100人の先住民族の移転が必要になってくるなど様々な問題が起こってきている。こういうことをどう捉えていくか。
●そして、解決策の不在問題については、たとえばメコン川委員会という機関があるが、政府機関であるために自分に都合の悪い情報は出さない。したがって、新たな組織を作るということよりも問題を解決できた事例の積み重ねをもっとしなければいけないのではないかと考える。
●資金的影響でいえば、中国やタイはOECDに加わっていないために、かつてのOECDの権威というかステータスが低下してきている。したがって、逆にいうと、加盟していない国はOECDのしばりを受けず好き勝手にできるということになり、現にそのような事象は起こっている。
●前段で寺西先生がネットワークについて触れたが、私はネットワークそのものはすでに数多く存在している。しかし、それに日本が参加していないものも多く、我々としてはどこまで「日本」に加わるか?―ということだと思う。メコンに関しても世界中から参加しており、英語の文献は数多い。日本語の文献が少ないのはどういうことかということを突き詰めて考えるべきだと思う。日本語の文献は誰にとってメリットがあるかということを考えれば答えは自ずと出よう。 |
▼山下英俊(一橋大学講師) |
●専門はリサイクルなので、その視点から「アジア環境協力機構」の設立について考える一端について申し上げたい。
アジア地域における廃棄物・リサイクル政策の課題として、国際リサイクル(国際資源循環)への対応をどうするかということがまずあげられよう。次に、欧米日からアジア諸国への再生資源の輸出問題がある。出す側からすれば、国内の廃棄物政策の促進は再生資源の大量発生につながるし、製造業のアジアへの移転は再生資源の国内需要の減少につながる。そして、結果としてリサイクル資源が余ってしまうという状況が生じ、それを放置しておくと国内のリサイクルが回らなくなってしまう。
一方、受け入れる側としては、中国を中心にした経済成長にともなう旺盛な資源需要や天然資源価格が高騰しているので、二重の意味でも再生資源に対する需要が高まっており、そういう方向での流れが進んでしまっているという状況がある。
写真:国際リサイクルの適正管理の重要性を訴える山下英俊さん
●次に、資源性と汚染性の問題がある。資源としての有用性=資源性が残っている。しかし、一方で、環境汚染につながる有害物質が含まれている=汚染性。そして、この汚染性への対処が不順分な場合、「公害輸出」になってしまうという問題が起きてしまう。
●このように見てくると、国際リサイクルをどのように適正管理するかということに行き着く。ブレークダウンすると、まず、資源性と汚染性のトレード・オフをどう考えるかだ。汚染性を顕在化させないような形で国際リサイクルの適正管理が必要だ。
その際、管理の主体は誰が担うかだが、拡大生産者責任という観点から企業の取り組みが第1に必要だ。すでにテレビのブラウン管リサイクル(日本→タイ)、コピー機のリサイクル(アジア→タイ)などの実例がある。
次に、トレーサビリティの問題だ。想定通りにモノが流れているか、流れていない場合どう保障するか。不法投棄によって国内の産廃の流れの管理すらままならない現状からすると大きな課題だ。そういう意味からも、企業の取り組みを第三者が検証する必要がある。
●そして、より重要であり、「アジア環境協力機構」実現へのカギの1つと思われるポイントはNGOの役割、NGOによる監視を踏まえた“NGOを主体とした認証機関の設立”が「アジア環境協力機構」につながり、かつ役割になるのではないかと現時点ではイメージしている。 |
▼岡崎時春(FoE Japan代表) |
●NGO以前の経験・キャリアとして産業人・企業人としてのキャリアをもっている。約30年間、建設所や発電所の機器を海外の様々な相手に輸出するというビジネスに携わってきた。別の言い方をすれば日本の経済成長とともに外貨を稼いできた。途上国の経済成長にも寄与してきたが、その一方で多くの環境負荷を残してきたといわざるを得ない。
写真:日本は国際会議などでの約束事の検証精神が希薄だと言う岡崎時春さん
●きょうのキーワードの1つに「環境協力」があるが、森先生などのお話の中に近年の経済協力は質的に変ってきているという指摘があったが、私が携わってきた80年代、90年代はそうではなかった。一例をあげれば、インドネシアのアサハンというアルミ精錬プロジェクトにかかわっていたが、振り返っても現地の労働力を搾取したり、環境を破壊したりを実は意識しないで気軽にやってしまった。その体験からいっても環境協力だけでなく、補償もなければいけないと思う。
●企業をリタイアしていまのNGOに身を置くようになり、いろいろな国際会議などに出席する機会があるが、総じて日本はペーパーにはするがそれを実行する、あるいは実行したかどうか検証する仕組みが弱いというか、認識が希薄に思えてならない。 |
以上のようなコメントが各パネラーから出され、フロアからも活発に質問や意見が発表された後、寺西モデレーターが総括して、シンポジウムとパネルディスカッションを終了した。 |
写真:フロアからも質問や意見が活発に出された
【いずれも06年6月24日、東京・本郷の東大農学部で】 |
▼閉会あいさつ/講評:宮本憲一(編集顧問/JEC代表理事) |
最後に、宮本憲一さん(編集顧問/JEC代表理事)から「『アジア環境白書』の第4弾が関係者の努力で間もなく陽の目を見ることは喜ばしいことだが、きょうもルル報告があったようにアジアはもとより地球全体の環境問題は刻々変化している。公害も終わっていない。そういう中で我々がどう対処・対応していくかに思いを馳せた際、やるべきことは山ほどある。『アジア環境協力機構』の構想もその中の一案だが一朝一夕に実現するとは思えない。より多くの人たちが知恵を出し合い、汗をかき合って少しでも良い方向に針路をとっていきたい」と閉会のあいさつがあり、午後6時散会しました。
写真:一歩一歩前進しようと講評した宮本憲一さん |
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