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2007/07月19日更新 |
長谷川公一さん(東北大学大学院文学研究科教授) |
6月の環境社会学会総会で、環境社会学会の会長(任期2年)に選出されました。環境社会学会は1992年設立。会員数 600人を超える、環境学の分野でも、社会学の分野でも、比較的大きな 学会です。「環境社会学」を掲げる学会としては世界最大だそうです。日本環境会議でも活躍され、日本の公害研究の草分け的存在の お一人でもある故飯島伸子先生が初代会長です。
就任早々の6月30日〜7月1日、中国人民大学に世界中から環境社会学者約110人が集まった北京環境社会学国際会議に参加。中国でも、環境社会学への関心が急速に高まっていることを確認するとともに、日本・中国・韓国・台湾の環境社会学者がネットワークをつくり、密接な交流を行っていくことで合意形成されたそうです。
長谷川さんは、「環境社会学の「声とまなざし」を、東アジアや世界に向けて一層発信していきたい」と抱負を語っておられます。
写真:何事にもアクティブな長谷川さんだけに、今後の環境社会学会の動きが注目される
=2004年6月、イギリス ケンブリッジ大学にて |
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2007/04月20日更新 |
原科幸彦さん(東京工業大学大学院教授) |
環境アセスメント分野の中心的な国際学会である国際影響評価学会(IAIA)の次期会長に選出されました。同学会の30年近い歴史の中で、初の日本人会長という“快挙”です。
世界中の会員の選挙によって選ばれるシステムで、ノミネーション委員会によりノミネートされた2名の候補者に対する投票が4月1日に締切られ、その結果、次期会長(President-Elect)に選出されたもので、6月から理事として3年間役員を務め、うち2年目が会長、前後の年は副会長格となります。
国際影響評価学会は世界110以上の国から、3000人もの会員からなる、環境アセスメント分野の中心的な組織で、1980年に設立されました。アメリカのEPA、カナダ、イギリス、オランダ等各国の環境省などの政府機関、また国際機関では世界銀行などからもメンバーとして参加しています。国連で正式に認められたNGOでもあり、国際的な影響力の大きな組織です。
原科幸彦さんは、「この情報ネットワークで世界のアセスの状況がよくわかります。そのような背景から、日本のアセスは遅れている判断できます。世界的に見ても恥ずかしくない「戦略的環境アセスメント」を是非、導入したいと思います。また、日本からも一層の情報発信をし、持続可能な社会づくり少しでも貢献できればと思います」と抱負を語っています。
写真:SEA問題などでも積極的な発言をしている原科さんのリーダーシップが期待される |
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2007/2月27日更新 |
畑明郎さん (大阪市立大学大学院教授) |
第18回久保医療文化賞の理事会特別賞を受賞しました。この賞は、分野も年齢も、在野か公務かも問わず、住民の生命尊重の立場に立った研究、行動を実践した業績を対象として授与されるもので、畑さんには理事会特別賞が07年2月25日、東京・八重洲ホールで授与されました。畑さんの受賞理由は「宮本憲一、故加藤邦興両氏のすぐれた伝統の継承者で、理論的・実践的に信頼できる研究者」で、JEC関係では03年の原田正純さん、06年の宮本憲一さんについで3人目。
表彰式終了後行われた記念講演会で、畑さんは「公害隠滅の構造と環境問題」と題する講演を行いました。
写真:山口由紀子久保医療文化研究所長から表彰状を受ける畑明郎さん(左)
=07年2月25日、東京・八重洲ホールで |
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2006/11月14日更新 |
原田正純さん (JEC代表理事/熊本学園大学社会福祉学部教授) |
さる8月22日、熊本で講演中に脳梗塞で倒れ、入院加療中だったが、このほど退院された原田正純さんから以下のようなごあいさつが寄せられました。国内外の原田ファンのみなさん、ひと安心というところでしょうか………。
秋晴れの青空が続いております。朝夕はわずかにひんやりとして、こちらはよい天気が続いておりますが 、そちらはいかがでしょうか。8月22日に倒れましてから早や2ヶ月が経ちました。ホテル・キャッスルで の講演中に倒れたのですが、幸い、ご臨席の柏木前医師会長先生、宇野前保険医協会長先生の迅速かつ適 切なご指示によって、熊本地域医療センターに送られ、一命をとりとめたばかりでなく、適切な救急医療 を受ける幸運にめぐまれました。さらに、熊本大学医学部神経内科、熊本機能病院、江南病院のスタッフ の適切な治療とご処置によって無事退院することができました。
優位脳の梗塞にもかかわらず視野の半盲、失読が後遺症として残りましたが、奇跡的に急速に改善しつつ あります。天がもうしばらく、患者さんと共に働くチャンスを与えられたものと思っております。同時に 、これでやっと、一部だけですが、患者さんと同じ視線に立つ資格ができたと喜んでいます。
来春から復帰する予定で精進いたしますことで、発病以来、皆様からいただいたお見舞、激励などの身に 余るご厚意に報いたいと思います。
写真:熊大医学部付属病院に入院中、お孫さんたちのお見舞いに相好を崩す原田正純さん=06年9月7日
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倒れる前より“達筆”になったのでは?と思われる最近の筆跡 |
そして、最新情報としては、11月3日、「水俣病の臨床・疫学的研究に尽くすとともに、各地の公害病研究を患者側の立場から続けてきた功績」(西日本新聞社)で、第65回「西日本文化賞」を受賞。福岡での贈呈式に寿美子夫人のエスコートのもと出席するほどの回復ぶり。「いまは女房の監視下におかれているけど、来年4月には復職します」と力強く話しています。
□追記□ 11月11日夕刻、宇井純さんの訃報をお伝えしたところ、水俣での結婚式に寿美子夫人の運転で出られ、熊本への帰路でした。一瞬絶句された後、振り絞るように「ストックホルムの国連人権会議に連れていってもらって以来、いろいろな公害研究の旅にご一緒したが、元気さを取り戻してもう一度一緒に旅をしたかった」と、正に“戦友の死”を弔うメッセージでした。
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ご本人から以下のような近況が寄せられました。
「5月21日に、(財)宍道湖・中海汽水湖研究所の主催で、ジャーナリストの筑紫哲也氏を講師に招き、「宍道湖・中海の明日を考える講演会」を持ちました。250人の会場は超満員になり、入場制限したほど盛況でした。2002年に干拓・淡水化事業が完全に中止となり、2005年にラムサール条約登録湿地となり、この4月、研究所が朝日新聞社の「明日への環境賞」をいただきました。ここ宍道湖・中海での、これからの大きなテーマは、水郷のまちづくり(再生)です。これまでの反対運動のエネルギーは、反対・抵抗から水郷創造の運動に引き継がれていきそうです。これも、公害研究委員会の皆様にお世話になったおかげと感謝しています。なお、この3月末で、3年間続けた副学長と大学法人化後の大学理事を辞めました。すでに大学の定年を超えていますので、学部に帰ることなく、自由の身になりました。この3年間は学内業務に拘束されていたため、行きたくても行けなかった全国の地域の現場に、足を運ぼうと思っています。」
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