“宝の海”の再生を考える市民連絡会 発足記念シンポジウム開催の報告

「宝の海市民連」発足記念シンポジウム開催の報告(寺西俊一・日本環境会議理事長)

   今から約3年余り前の2020年4月、私が理事長を務める「日本環境会議」(JEC)の事務局のもとに「諫早湾干拓問題検証委員会」(JEC検証委)を設置しました。このJEC検証委では、諫早湾干拓事業をめぐる諸問題のより良い解決を目指して、自然科学・社会科学・人文科学にまたがる学際的な検証作業を集中的に行い、翌2021年8月に『"宝の海"を再び!-日本一の干潟を取り戻そう-』という報告書を公表しました。その後、「諫早湾干拓問題提言委員会」(JEC提言委)へと改称のうえ、諫早湾干拓事業をめぐる諸問題の「統一的、総合的かつ抜本的な解決」に向けた活動を継続し、2022年10月から2023年6月まで有明海沿岸5カ所(長崎市・柳川市・諫早市・熊本市・佐賀市)の地元住民に参加を呼びかけた「現地懇話会」を積み重ねてきました。そして、ようやくにして、去る2023年8月26日(土)の午後、諫早市の高城会館を会場に「"宝の海"の再生を考える市民連絡会」(略称:「宝の海市民連」)を発足させる記念シンポジウムを開催することができました。

会場の様子 現地に約100名、オンラインで約60名が参加しました。

 上記の記念シンポでは、「宝の海市民連」代表となっていただいた佐藤正典さん(鹿児島大学名誉教授)による開会の挨拶を受け、第I部として、久保正敏さん(国立民族学博物館名誉教授)および中尾勘悟さん(肥前環境民俗写真研究所)による特別講演(テーマ:「有明海のウナギは語る――食と生態系の未来」)、第Ⅱ部として、田中克さん(京都大学名誉教授・森里海を結ぶフォーラム代表)による基調講演、樫澤秀木さん(佐賀大学教授・「宝の海市民連」事務局長)による基調報告、そして第Ⅲ部として、寺西が司会進行役となったパネル討論が行われました。ただし、このパネル討論は、時間的な制約のため、「宝の海市民連」発足への呼びかけ人となっていただいた方々(すでに登壇された佐藤正典さん、田中克さん、樫澤秀木さんを除く)からの「一言メッセージ」をお願いするにとどめざるを得ませんでした。


久保正敏さん(写真左)と中尾勘悟さん(写真右)からの基調講演

 まずは、オンラインによるメッセージとして、野中ともよさん(NPO法人ガイヤ・イニシアティブ代表理事)、NOMAさん(ファッションモデル・エコロジスト・アーティスト)、髙橋徹さん(元熊本保健科学大学教授・有明海再生NET代表)の3名から、続いて、寺西が代読する形での菅野直子さん(NPO法人シマフクロウ・エイド事務局長)からの文書メッセ―ジ、そして、当日参加されていた開田奈穂美さん(福岡大学講師)、木庭慎治さん(福岡県立山門高等学校教諭)、安尾征三郎さん(日本野鳥の会熊本県支部荒尾玉名地区幹事)、富永健司さん(本明川と干潟を語る会)、横林和徳さん(諫早湾干拓問題の話し合いの場を求める会事務局長)から、それぞれ直接のご発言をいただきました。いずれも貴重な提案を含むものでした。最後に、会場で目にした2人の若者を敢えて指名したところ、非常に力強い発言をしてくれました。当日のシンポにおいて、もっとも感動的な一場面だったかもしれません。あとで確認したところ、この2人は、前出の木庭先生の教え子たちで、今年4月から大学生1年生になったばかり、とのことでした。

 なお、この「宝の海市民連」発足への呼びかけ人になっていただいていた井手洋子さん(映画監督)は、まことに残念なことに、この発足シンポ前に病没されました。ここに記して、ご冥福をお祈りする次第です。また、高野茂樹さん(日本野鳥の会熊本県支部長)、八幡暁さん(海洋冒険家)のお二人は、あいにくと日程上のご都合がつかず、ご欠席でした。

会場とオンラインで参加した呼びかけ人からの発言

 いずれにしろ、かくして、当日は、20歳代の若者から90歳代に迫るご高齢の方まで含めて、年齢的にみてもきわめて多様な広がりをもった市民の皆さんが会場参加され、全体で100名を超えていたのはなによりも嬉しいことでした。これに加え、60名余のオンライン視聴者があり、内容的にも有意義で充実したシンポジウムとして成功裡に終えることができました(この記念シンポの模様については、朝日新聞デジタル2023年8月29日付で、野上隆生記者による署名入り記事が配信されています)。

 ちなみに、この発足シンポの開催に間に合わせて、「宝の海市民連」の活動目標を紹介するものとして、海と川(森林域)を往復する代表的な生物で絶滅危惧生物となっているニホンウナギをシンボルにした、分かりやすいリーフレットも作成され、当日の参加者の皆さんに配付し、好評を得ていました。今後、このリーフレットが大いに活用されることを期待しております。
また、当日の会場では、前述した特別講演者中尾勘悟さんと久保正敏さんによる編著『有明海のウナギは語る――食と生態系の未来』(河出書房新社)、宮入興一著『諫早湾干拓事業の公共性を問う』(花伝社)、吉崎健著『引き裂かれた海-長崎。国営諫早湾干拓事業の中で』(論創社)なども販売され、会場参加の皆さんから関心を集めていました。これらも、今後、より多くの人々に読まれることを大いに期待したいと思います。

 さらには、以上で述べた「宝の海市民連」発足シンポの開催に向けて中心的役割を果たしてこられた方々に寄稿を依頼した特集(「“宝の海”・有明海の再生に向けて」)が、寺西が編集代表の一人となっている『環境と公害』誌(岩波書店)の第53巻第2号(2023年10月刊)に掲載されることになっています。同誌上では、これまでにも、第50巻第1号(2020年7月号)における特集(「諫早湾干拓問題の検証と今後の課題」)(①堀良一「問われる司法と有明海の再生――豊かな『宝の海』を未来世代に」、②長島光一「有明訴訟最高裁判決の評価と課題――最高裁判決から諫早湾干拓紛争の混迷の原因を考える」、③羽島有紀・渡邉綾「諫早湾干拓問題の現地調査報告」)、および、第51巻第1号(2021年7月刊)における特集(「続・諫早湾干拓問題の検証と今後の課題」)(①保母武彦「宝の海を再び!――日本一の干潟を取り戻そう」、②大森正之「海域コモンズとしての諫早湾・有明海――破壊から再生へ」、③大久保規子「有明海の参加型再生に向けて――特措法の抜本的改革を」)が掲載されてきました。いずれも諫早湾干拓問題の経緯を踏まえながら、今後における諫早湾と有明海の豊かな再生と未来に向けた基本的な課題や展望を示したものとなっており、この機会に改めご参照いただければ幸いです。

 以上をもって、過日の「宝の海市民連」発足記念シンポジウム開催の報告に代えさせていただきます。

(2023年9月14日記)